私のこと

収入に限界を感じた。転職?それとも? 40代ワーママの選んだ道

こんにちは、サイトをご覧いただき、ありがとうございます。

当サイトを運営している”さな”と申します。

私は、現在3人の子育てをしながら、ワーママとして仕事をこなす毎日を送っています。

日々忙しく過ごしていますが、家庭との両立のために、
労働時間を増やせなかったり、責任の重い仕事に挑戦しづらかったりして、

最近は、なかなか収入が増えず、頭打ちを感じております。

「このままでいいのかな?」と感じることが多くなり、転職も考えましたが、
家庭とのバランスをとりながら、0から新しい環境でスタートする勇気は持てませんでした。

もっと仕事を頑張りたいけれど、いつ子どもが体調不良になるかわからないし、積極的になれない

そんな私が収入を増やす手段として考えたのが、在宅でできる副業です。

決められた時間に会社にいる必要がない在宅での副業なら、出社前の時間や、
子ども達が寝静まった夜の時間、土日を利用して、収入を増やすことができます。

在宅副業なら、今の私でも収入を増やせるかも

私の目標は、半年後に月5万、1年後に月10万を安定して稼げるようになることです。

このブログでは、その道のりをお伝えしていきます。副業をはじめた経緯についてはこちら

うまくいった方法だけでなく、失敗談や苦労した点、課題に感じたことなど、
私が経験したことを赤裸々に綴っていけたらと思っています。

この記事では、私がどんな道を歩んできたのか、なぜ収入アップにこだわるのか
私のこれまでのストーリーについてお話ししたいと思います。

長文になりますが、ぜひ最後まで読んでもらえたら嬉しいです。

基本情報

名前:さな
年齢:アラフォー
家族:子ども3人と夫の5人家族
仕事:事務職の会社員+副業
住まい:都内在住

生い立ち

誕生       :千葉県に生まれる。

小学4年の夏まで :子どもらしい子ども時代を過ごす

小学4年の秋から :父の勤めていた会社の営業が悪化
          ・専業主婦だった母がいきなりフルタイム勤務に
          ・家の雰囲気が悪化する
          ・我慢することが当たり前に

中学校〜高校    :やりたいこともなく流されるままに進学校へ進学
          ・イキイキとした同級生が眩しく見える

大学        :ようやく自分のやりたいことに向き合いはじめる
           ・企業でのバイトやインターンに明け暮れる
          ・就活後ははじめての反抗期到来

社会人       :法人営業部で営業職に
          ・成果が出ることにやりがいを感じる

結婚        :激務の仕事と家庭との両立が難しさを感じる
          ・妊娠したいものの、なかなか妊娠できず悩む

退職・出産      :退職し、専業主婦となる
          ・その後3人の子どもに恵まれる

再就職        :現在の会社に再就職
          ・仕事は楽しいものの、収入に限界を感じる

現在         :仕事は続けながらも、副業で収入アップに挑戦中

平凡だけど幸せな幼少期(小4の夏頃まで)

幼少期の頃
私は、千葉県のごく普通の家庭に生まれました。
会社員の父と専業主婦の母、2歳下の弟との4人家族です。

母が几帳面で真面目な性格だったこともあり、裕福ではありませんでしたが、
比較的丁寧な暮らしを送っていました。

よく母が手作りのお菓子を作ってくれていました。

勉強は得意な方だったのですが、好きだったわけではなく、
友達と遊ぶことしか頭にないような子どもでした。

勉強にはあまり興味が持てませんでした。友達と遊ぶのが楽しく、友達に会うために学校に通っていました。

友達との時間を楽しみに生きており、ただ、毎日を遊んで過ごす幸せな時間を過ごしていました。

崩れゆく家族のバランス(小4の秋から)

崩れゆく家族
小学校4年生の秋頃から、専業主婦だった母が、
千葉から都内まで週5日フルタイムで働きに出るように
なりました。

母が帰宅するのは毎日19時頃になり、
学校から帰宅後はテレビを見て過ごすことが多くなりました。

だいぶ遅いニャー。
そうなの。働いているお母さんがほとんどいなかったから、余計にさびしかったんだよね。

さらに、母は帰宅後に疲れて寝込むことも多く、家庭の中が急に暗くなりました。

後になって知ったのですが、父の職場の経営状況が悪化し、
母が働きに出なければならない事情があったそうです。
母は仕事と家事を両立しようと必死で、本当に大変そうでした。

母が働きはじめるようになり、それまでの穏やかな生活が一変し、
家の雰囲気が一気に悪くなりました。

子ども心に、「親を困らせてはいけない」と思ったのを覚えています。
それと同時に、「やりたいことを言ってはいけない」と感じるようになりました。

やりたい習い事や欲しかったものがありましたが、
「お母さんがもっと大変になる」
と思うと、言い出すことはできませんでした。

我慢が当たり前になり、友達をうらやましく思いながらも、
「お金がないから仕方ない」と自分に言い聞かせるようになりました。

自分の気持ちを押し殺すことが、少しずつ習慣になっていったからかもしれません。
なにかをやりたいと思うことがなくなってしまいました。

家の空気が暗くなったことで、弟の様子も次第におかしくなり、
学校での問題行動が目立つようになっていました。

その頃から両親の喧嘩も増え、家にいることが「しんどい」と感じるようになりました。

喧嘩している声で目が覚めることもしょっちゅうだったんだ。
それは辛いニャー。

母が働きはじめるようになり、それまでの穏やかな生活が一変して、家の雰囲気が悪くなりました。親を困らせてはいけないという気持ちから、我慢が当たり前になり、なにかをやりたいと思うことがなくなっていました。

自分で決めた選択をしてこなかった私

卒業後は地元の中学校に進学しました。学校の成績は上位でしたが、勉強が好きなわけではなく、「頑張れば、親が喜んでくれる」ということだけがモチベーションでした。

周りのほとんどの生徒が塾に通う中、私は経済的な理由から独学で勉強しました。

「高校に行きたい」とは思いませんでしたが、「行っておいた方がいいだろう」と考え、
母が希望する進学校を受けて、
無事に合格することができました。

進学について話している時は、喧嘩しないので、
親の期待に応えるために必死で勉強を頑張りました。

自分の人生の中で初めての成功でしたが、「嬉しい」というよりも、
母の期待に応えられて「ホッとした」というのが正直な気持ちでした。

そんな状態だったので、受験後は「合格したし、しばらくは勉強しなくていいや」と
気楽に考えて過ごしていました。

ところが、入学から1週間ほどで、母から「次は大学に向けて勉強しないとね」と言われ、
その瞬間に完全に燃え尽きてしまいました。

高校に入学したものの、目標ややりたいこともなく、なんとなく毎日を過ごしていました。

その一方で、同級生達は、学力だけでなく運動や芸術分野で優れた人が多く、
何事にも全力で取り組む人たちで、キラキラしていました。

やりたいことを叶えたり、目標に向かって進んでいる子がたくさんいて、その姿に圧倒されていました。

通っていたのは公立高校でしたが、進学校だったため
金銭的に余裕のある家庭の子が多く、塾や習い事通いが普通でした。

長期休暇の際は短期留学や海外旅行に行く子も少なくなく、
自分には選べない選択肢があることを目の当たりにしました。

高3になり、進路を考える時期になると、
周りが進学することや、親の希望を理由に、流されるように自分も進学を選び、
かろうじて合格した大学に進学することになりました。

それまでの選択はすべて周りに流されるままで、そのことに疑問すら感じませんでした。
しかし、このとき初めて「このまま周りに流されたままでいいのか」と、
自分の進路や選択について真剣に考える
ようになりました。

同級生の前向きな姿を見るうちに、このままなんとなくで流されていってはいけないと思うようになったんだ。
大きい変化じゃニャー。

私は、「こっちの方が正しいかな」、「親が喜ぶかな」という他者目線で選択するようになっていました。

一方で、高校の同級生は、自分がやりたいことや目標がはっきりとしていて、それに向かって一生懸命な子達が多く、次第に「彼らのようになりたい」と心の中で思うようになっていました。

大学進学後に感じた違和感と、自分の変化

受け身から主体的に──やりたいこと探しのはじまり

大学に入学して最初に感じたのは、違和感でした。

高校の3年間は、人の目を気にせず、
自分がやりたいことに全力で取り組む人が多い環境にいました。

しかし、大学で出会った友達は、
中学までと同じように「なんとなく今を楽しんでいる」人が多く、
そのギャップに戸惑いました。

もちろん、それが悪いわけではありません。
私自身もそれまで同じように過ごしてきました。

しかし、高校時代に主体的な人達を多く見てきたからこそ、
流されてなんとなく過ごすことに疑問を感じるようになりました。

そして、「自分から何かを掴みにいく人生を歩みたい」と強く思うようになったのです。

流されるのではなく、ようやく「自分で考えよう」と思うようになりました。遅過ぎますよね(苦笑)

将来を意識した行動のはじまり

それまでは、漠然と「大学を卒業したら就職して働きはじめるもの」と考えていました。
多くの大学生が卒業したら就職するからです。

しかし、「どんな仕事をしたいのか」「自分に向いている職業はなにか」と
深く考えたことはほとんどありませんでした。

そもそも、就職するのか、進学するのか、フリーランスなど別の道を選ぶのか、
そういった選択肢すら、真剣に考えることをしてきませんでした。

そこで、授業は、単位を満たすための最低限のコマだけ出席し、
それ以外の時間は、インターンや企業の事務のアルバイトなど
将来の職業選択の方向性を見極める時間に充てるようにしました。

実際に働いてみることで、自分の適性や価値観への理解が深まり、
これまで知らなかった仕事の存在にも気づくことができました。

それまでは周りに流されてきただけの自分が、将来について真剣に考え、実際に行動するようになり、それまで漠然としていた「働く」ということに対しても、自分ごととして捉えられるようになりました。

仕事を見つけられるのかとおそれていた就職活動も、
「いろいろな職業や業界、人に会えるチャンスだ」と思って楽しむことができ、
「ここで働いてみたい」と思える職場から内定をもらうことができました。

「やりきった」と思うことができ、4年生の4月に就職活動を終えました。

親の反対、金銭的な壁…それでもあきらめなかった

就活が終わって卒業まで約1年時間があり、どうしようかなと思っていた矢先のことです。
出会ってしまったんです。

誰に?
ピースボートに!

ピースボートは、3ヶ月ほどで世界一周旅行ができるクルーズのことです。

「アジアやヨーロッパなら社会人になってからでもいく機会があるかもしれない」
「でも、中東やアフリカに行ける機会は、若いうちでないとないだろう」
そう感じ、「絶対に乗りたい」と思いました。

今まではお金を理由に諦めてばかりでしたが、この時だけは
「お金を理由にあきらめたくない、どうしても乗りたい」と思いました。

それなりにお金がかかるので、それまでだったら「自分には無理でしょ」と思っていたのですが、なぜかこの時だけは「絶対乗る」「乗らなきゃ」と思いました。

親に相談することもなく、乗ることを決めてしまったものの、
お金をどう工面しようと悩む日々。

相変わらず家にお金の余裕はなく、
「学費がかかっているのに大学に行かずに長期で旅行?」と
母には猛反対されました。

今だったら、お金がない中で大学まで行かせてもらって、感謝の気持ちしかないのですが、
当時の私は、「初めて自分がやりたいと言ったことを、頭ごなしに否定された」ことが、
ただただショックでした。

それまでは、母が喜ぶことを叶えようと思ってきた私ですが、
このとき初めて親が望まないことを選択。

大学入学の際に借りていた奨学金と貯金、そしてバイトで貯めたお金をかき集めて、
なんとか乗ることができました。

ギリギリまでお金の工面ができなかったので、実際に乗れた時は、まだ何もはじまっていないのに達成感と安堵の気持ちになったよ。
乗れてよかったニャー!

それまではお金を理由にあきらめてばかりでしたが、この時はじめて「やりたい」と思ったことを自分で叶えるということができ、嬉しかったと共に自信にもつながりました。

仕事、家庭、育児──悩みながら進んだ20代

下船から1ヶ月ほどで、社会人としての第一歩を踏み出しました。
就職先は、大手の機械メーカー。
配属は法人営業部で営業職を担当することになりました。

最初は、顧客との関係構築や製品知識を身につけるのに苦労しましたが、
次第に、顧客との関係性が築けるようになっていくと、
成果につなげられるようになりました。

仕事で成果を出せるようになった頃に、プライベートでは結婚が決まりました。

仕事自体は楽しかったものの、子どもが欲しいと考えていたこともあり、
今後の働き方について悩むようになりました。

夫は激務のためあまりサポートを期待できず、
「今の私の働き方では、育児との両立が厳しいのではないか」
と感じるようになりました。

なかなか妊娠できなかったことや、
家事と仕事の両立で体調を崩してしまったことから、
自分の健康や家庭を優先するために退職を決意しました。

仕事にやりがいを感じていただけにすんなり決断できたわけではありませんでしたが、
「このまま仕事を続けながらだと、子どもを持つという選択は難しい」と感じ、
「今は子どもを持つということに専念する時間にしよう」と決めました。

ただ、期限を決めて、納得するタイミングで仕事復帰しようとも心に決めていました。

その後、ありがたいことに3人の子宝に恵まれ、
母としての新たな人生がスタートしました。

子育ては大変ですが、日々成長していく子ども達を間近で見られることに、とても幸せを感じています。特に、子どもたちの小さな変化や成長を見逃さずにいられることが嬉しく、この貴重な時間を大切にしたいと感じました。

しかし、そんな私も上の子が小学生になるタイミングで、
仕事に復帰することになりました。

子どもとの時間が好きなのに、どうしてそんなに仕事復帰にこだわったのニャー?
仕事が好きなのもあるけれど、それだけが理由じゃないんだ。

仕事と家庭の両立がうまくいかず、子どもを持つことを優先するために、仕事を退職。その後、3人の子宝に恵まれ、しばらくは家事育児に専念。上の子が小学生に入るタイミングで、仕事に復帰することになりました。

子どもとの時間が好きなのに再就職に踏み切ったワケ


ブランクがある上に3人の子どもを育てているということで、条件的には厳しく、採用までに、3ヶ月ほどかかりました。

何社も応募して拾ってもらったのは、WEBメディアを運営している現在の会社でした。
これまで経験してきたメーカーの営業とはまったく違う業界でしたが、
「また仕事することができるんだ」という喜びが大きかったです。

ただ、実際に働き始めてみると、働ける喜びと同時に、
思うように給料が上がらない現実に直面しました。

以前勤めていたのは、大手で給与水準が高く、
また、営業職は成果に応じてインセンティブがつくため、
頑張ればその分収入に反映される仕組みでした。

しかし、現在の仕事は昇給もほぼなく、インセンティブもありません。

「せっかくキャリアを再スタートできたのに、このままで大丈夫かな?」
と次第に不安になるようになりました。

子どもたちが成長するにつれて教育費もかかるし、やりたいことも増えてきます。
その時に「いいよ」と応援できる親でいたい
ものの、今のままでは厳しい。

「どうすればもっと収入を増やせるのか?」を真剣に考えるようになり、
新たな選択肢を模索しはじめました。

家事や育児と両立しながら働いており、
勤務時間をこれ以上増やすのは現実的ではありません

転職も考えましたが、家庭とのバランスをとりながら
0から新しい環境に飛び込んでスタートすることはリスクが大きく、踏み出せませんでした。

そこで、見つけたのが在宅でできる副業です。
「在宅での副業なら、自分のペースで収入を増やせるのでは?」と考えました。

そんな時に出会ったのが、時間や場所に縛られずに働くスキルを学べるオンラインスクールでした。

「会社の昇給を待つだけではなく、自分の力で収入を増やせる働き方を手に入れたい」
と感じ、スクールに入会。現在は、SNS運用やWEBマーケティングの勉強をしています。

収入を上げるために、転職を考えてみるものの、家庭とのバランスを考えるとリスクが大きすぎで断念。在宅でできる副業に挑戦してみることにしました。現在はスクールでオンラインビジネスのスキル学びながら、実践中です。

子どもの「やりたい」を全力で応援できるように

今後は、学んだスキルを活かしながら実績を積み、
半年で月5万円、1年後には月10万円を在宅副業で安定して稼ぐ
ことを目指しています。

稼いだお金は、子どもたちが「やりたい」と言ったことを応援するために使いたいです。

私は学生時代に、お金が理由でいろいろなことをあきらめてきました。
子どもには、お金のせいで自分の可能性を狭めて欲しくありません。

そして、自分の力で収入を増やし、選択肢を広げる働き方を実現し、
同じように悩んでいる方々に向けて、発信をしていきたい
です。

私はまだ挑戦の途中です。

学び続け、実践を繰り返していきますので、ぜひ応援していただけたら嬉しいです。

  • 子どもがいるのに、副業できるの?
  • 本当に稼げるようになるの?
  • 在宅副業ってなにするの?
  • だまされていない?

気になる方は、時々こちらのサイトに確認しに来てくださいね。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

子どもの「やりたい」に「いいよ」でこたえられる母に